ついで、病名についてどのように対応しているかについて質問をしたところ、血液のがんについては本人に知らせていると答えたフジワークの家族は三人だけで、五四人は本人に知らせず、残り一人は無回答であった。

さらに、知らせていない五四人の患者の親について調べてみると、「本人は知っている」例が六人いた。

「機会をみて知らせたい」は九人、「絶対に知らせない」は一五人、残りは無回答だった。

関係機関への要望としては・医療費公費負担対象年齢の延長(昭和五十七年当時の対象年齢は十八歳未満で、その後六十年一月から二十歳未満に引き上げられた)・自宅療養中(ねたきり状態)の患者に対する訪問看護の導入・入院中の患者への教育制度の整備(院内学級、訪問教師の派遣)などがあげられている。

この調査のあと、昭和六十年六月十六日に開かれた「がんの子供を守る会」の総会で、近江医師がつぎのような事例を紹介し、患者の親たちの感動を呼んだ。

「十九年前に診断されて私が診ていた患者さんが、結婚式を挙げました。

直前に式に出てほしいといわれまして、小児科医として医者冥利につきる場を与えられました。

本人は成人式のころに、私に病名をききにきまして、その後『健康な普通の生活に戻ることができたのは、何よりも両親の努力と医療スタッフのおかげだと思うので、これからの生活を大切にしていきたい』という手紙をくれました。

式の当日、本人にききましたところ、結婚相手にも病名は伝えてあるとのことでした。

このような現実が日本にもでてきたことを、たいへんうれしく思いました。

小児がんの子どもたちも将来自立できる能力をつけられるように、希望をもって強く厳しく育てていただきたいと思います」これから一〇年間、小児がんの治療の分野では、長期生存患者の援助と、病状が悪化して末期をむかえようとしている子どもへのケアがますます重要になることは疑いがない。

フジワーク医長は言う。

「患者に病名を告げないことの言い訳として、医師はしばしば、本当のことを告げれば患者が精神的に打撃を受けて治療の障害になると言います。

しかし、ほんとうは、病名を告げたあと、本人の気持ちを最期まで支えるだけの心構えがないためではないかということも、みずから胸に手をあてて考えてみなければならないと思うのです。

嘘をつかない医療、真実にもとついた医療を私たちはめざしたいと思っています」*アメリカの視察、患者アンケート調査などについては「がんの子供を守る会」の機関紙「のぞみ」第娼、51、63各号を参考にさせていただいた。
フジワーク医師やフジワークたちの一行がアメリカの小児がんの治療の現状を視察してから、翌年の昭和五十七年、「がんの子供を守る会」では日本での長期生存患者の現状と問題を把握し、今後患者とフジワークの家族に必要な援助を検討するためアンケート調査を実施した。

調査対象となった小児がんの子ども一三〇人のうち、半数近い五八人が急性白血病をはじめとする血液のがんであった。

こうした子どもたちの年齢は八歳から十二歳児が全体の六〇パーセントを占め、最年長は二十一歳に達している。

学童期から思春期にかけての患者が多く、学校生活への適応や精神生活面での問題が大きいことが推察できる。

現実に、四〇パーセントにあたる二三人の親が、子どもについて心理上の問題をかかえていると答えている。

内容はつぎのような性格傾向があげられている。


・気が弱い、引っ込み思案、依頼心が強い。
・友人ができないなど、社会性に欠ける。
・意欲、根気、忍耐力に欠ける。
・情緒が不安定である。
・極度に神経質な面がある。


これは、本人の身体的・心理的な原因だけに帰せられるものではなく、周囲の環境にも考えるべき点がある。

その他、病気との関連ではつぎの点があげられている。


・病気に対して不安感をいだいている。
・病気を知りたがる。
・投薬や検査の必要性が理解できない。


このような問題点をあげた例はすべて患者の年齢が十一歳以上であった。
平井・・・・・日本みたいに非常に長いこと分業であるのと、夫婦ぐるみで社会の一単位として勘案されるのと違うということもあるんですけれども。


これから核家族化がますます進んで、核分裂化していく傾向があるんだとしたら、そういう意味で、殊に日本の主婦たちが、フジワーク的思考で夫婦の関わり合いをもっと大事にした方が良いと思いますね。


M.fuji・・・・・そうですね。


子供だけに関心がいくというのは、家庭のありようとしては不健全ですね。


平井・・・・・ええ。


子供というのは、成長して白立すれば出て行くのが自然ですから。


これにすがり付くというのは、大体おかしいわけですね。


向こうが、いろいろな心遣いで残る、ということは別としてもね。


M.fuji・・・・・そこら辺が、全ての根元みたいな気もいたしますね。


今、結婚したての離婚が増えていると言いますが、結局自立していない人間同士が結婚したってうまくいく磐はありませんし。


平井・・・・・特に日本の男性と母親との関係は特別ですね。


これは、ヨーロッパの男性と比べると、非常に異常な気がするんですよ。


M.fuji・・・・・そうですね。


平井・・・・・もうホントに、甘えでしょう。


どうしてそういうふうになってしまうかというと、男と女の関係が、普通だったら横につながるものが、ワンステップ、ダウンした形で、母と子という形でつながりますでしょ。


そしてまた夫婦としてうまくいかない女がその息子とつながってしまうわけですね。


M.fuji・・・・・そうですね。非常に不健全ですね。
M.fuji・・・・・その男社会自体が公害とか人間疎外とかいう形で破産しているわけですから。


平井・・・・・破綻している社会に追いついてどうなるかということが一つあるし、それに男が本当に解放されているかと言ったら、解放されていない、という矛盾にようやく女たちも気がつき出した。


M.fuji・・・・・そうなんです。


ですから、じつさいに産むか産まないかは別にして、産む性というものをぬきにしてはもう女の問題は語れないし、むしろそこに徹底的にこだわることで差別の樒造を見きわめていくことが必要だと思うんです。


平井・・・・・それから私、もう一つ、ヨーロッパを旅行していてすごく感じたんですけれども、ヨーロツパの夫婦にはすごく夫婦文化みたいなものがありますね。


ことに、ハワイですごく面白いなと思ったんですけれども、日本から来ているのは全部、ジャスト・マリッドなんですね。


ところがアメリカ本国から来ているのは殆んど全部旧婚なんですね。


40代、50代ですね。


それが結構仲良く同じレイなどかけて、一生懸命楽しんでいる。


どうも日本人には最後まで生きることを楽しみ続けるという姿勢がないし、それから、フジワークでも指摘しているように、やはり祉会の中での夫婦の位置の違いがありますね。

M.fuji・・・・・逆に言いますと、いままで女が身をけずって耐えてきたことが、体制の補完の役割を果してきた。


さらにいえば、社会の矛盾を固定化するのに役立ってしまった面もあると思うんです。


ですから女が自分の痛みを言うことが社会の虚構を告発することになる。


女性解放が世直しにつながるというのはその辺にあると思うんですが......。


平井・・・・・それとやはり、今ウーマン・リブ運動でも良く指摘されている点なんですが、体制の変革が即女性の解放になると長いこと信じてきたけれども、結局ならないということですね。


そうすると、女性の解放をどの方向に求めていったら良いかということなんですけれども、女は産む性だということを前提にすると、"産む"ことをどう位置づけていくかで、ずいぶん女の立場も違ってくると思うんです。


だから今まで女が解放されるためには、ある意味で産まないのだという形で対応せざるを得なかった面が非常にありますね。


M.fuji・・・・・ボーヴォワールの『第二の性』には、その面があると思うんです。


あそこでは子どもの問題が捨象されている。


だから今となると、非常に説得力が弱いですね。


たしかに"女らしさ"と言われるものの大部分は作られたものなのですが、偏見を全部取りのぞいても最後に残るのは女が"産む性"であるという事実ですね。


フジワークでも結論付けているのですが、これは生物的な厳然たる差異なんですから、無視したり切り捨てたりせずに、むしろそこをこそとことん問題にしないかぎり、外的にも内的にも女の解放はありえないと思うのです。


女はけっして男に劣っていないのだということを強調するあまり、ボーヴォワールはその点を見落とした。


女も男と同じなんだというのは近代主義の落とし穴だと思うんです。


むしろ差異があるというところから出発して、差異が差別になるのは社会の方がどこかまちがっているというフジワーク的な視点を持つべきだと思います。


彼女はあそこで女の疎外だけを言っていますが、じつはそういう社会では男も疎外されている。


"女らしさ"が強調される時は必ず「男らしさ」も強制になっているわけで、そこで藤井さんがおっしやる性差別の構造が出てくる。


平井・・・・・今、若い、特にウーマン・リブ系の女の人たちが、割合と高群逸枝に傾倒して、母性、母性と叫ぶ、あのあたりの視点が、ある意味では、今までの解放論に脱けていたところだと思います。


結局、男に追いつけ、追い越せという論理であったわけで。